自筆証書遺言の様式

法律家や保険会社による啓発、または知人の遺産「争」続にまつわる苦労話を見聞きするにつれ、遺言書を書いてみようかと考えさせられるこの頃。
遺言作成の方法は何種類かありますが、最も簡単に作成できる遺言は「自筆証書遺言」です。
遺言の全文・日付・氏名を自書し、押印して完成となり(民法968条1項)、訂正方法も同じく自書・押印(同条2項)。
専門家に頼むことなく作る場合は、この様式に沿って書くのが一般的でしょうね。
ただし、自筆証書遺言は、実際に遺言者が亡くなってからでなければ誰の目にも触れることのない文書ですので、誤字・脱字や曖昧な言い回しなど、複数の解釈が生じる余地があることは否定できません。
解釈が複数生じる余地があると、遺言者の願いとは裏腹に、結局相続人間の争いが生じる可能性があるということです。

花押遺言事件(最判平成28年6月3日)

自筆証書遺言は「印を押さなければならない。」(民法968条1項)とされていますが、印とは何でしょう。
実印である必要はなく、100円ショップで買った印鑑でも可です。
さらに拇印でも〇、帰化者である等の事情があるときはサインでも〇と、割と広く認められます。
ただし花押はダメだそうです。ダメというのは、遺言書全部が無効ということです。
というより花押って何?
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知っている人もそうそういないと思いますので、個別の事例としてはそれほど影響がないでしょうね。

斜線による自筆証書遺言の撤回(最判平成27年11月20日)

自筆証書遺言の訂正方法は厳格で、
「~その場所を指定し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」 (民法968条2項)ことになっています。
対して遺言の撤回は簡単です。
「遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。~」(民法1024条)破棄するだけです。
では、遺言書の文面全体に一本の赤い斜線が引かれていた場合は?
これを遺言の内容の一部抹消と考えると、法定の厳格な方式に従っていないため、一部抹消が無効(=遺言は有効のまま)となります。
対して遺言書全体の破棄と考えると、遺言の撤回(=遺言書無効)となります。
最高裁は遺言書全体の破棄と判断し、この遺言書は無効となりました。

重要なのは裁判所でも判断に迷うというところ

2の花押遺言事件は、第1審と控訴審では有効な押印と認められ、上告審で覆されました。
3の事件も、第1審と控訴審では遺言書有効、そして上告審で覆されました。
仮に最高裁の上にもう一つ裁判所があったとしたら、そこでは逆の判断が下される可能性もあるでしょう。
法律判断のプロフェッショナルである裁判官でも、ここまで判断が割れるということ。
たとえ文学的教養を用いて記載した文言でも、他人には伝わらないと思っておいたほうが良いです。
ですので、自筆証書遺言を作るときは、慎重に、できるだけマニュアル本(あれば)の文例に倣って書きましょう。
訂正方法に自信がなければ、一度遺言書を破り捨てて、もう一度最初から書き直すのが安全でしょうね。
…それでも、「比較的安全」というレベルでしょうか。

確実な遺言

遺言作成のことを専門家に相談すると、公正証書遺言の作成をすすめられると思います。
これは、上の例のような他人による勝手な解釈を防いで、本人の意図を遺言書に反映させることができるからです。
まあ多少お金もかかってしまいますが(手数料司法書士報酬他実費)、相続開始後の争いの芽を摘むことができます。
また、遺言の形式にこだわらないのであれば、家族間であらかじめ契約を結び、生前の財産管理方法とともに自分が死亡した後の財産の振り分け方法を決めておくのもいいかもしれません。
いずれも、自筆証書遺言についてまわる不確実性とは遠く、自分の意図した財産承継がかなうものです。