相続による不動産の名義変更手続は、現在のところ義務ではありません。
被相続人名義の土地建物に相続人のうちの一人が住み続け、他の相続人がそれを黙認している状況なら、あえて登記をしようとは思わないものでしょう。
そして登記名義は先代、先々代、先々々代のままとなります。
しかしいつ名義変更の必要に迫られることになるかはわかりません。
不動産を売却・贈与するとき、融資を受けるときなどはその前提として必ず名義を自分に変えることになります。
通常の手続
相続による不動産の名義変更は、通常、相続人全員の遺産分割協議により行います(遺言書がある場合や相続放棄がある場合は別の手続)。
したがって全員の実印と印鑑証明書が必要です。
相続人がせいぜい数人かつ全員連絡がつきそうなときはその方法で良いでしょう。
しかし数代にわたって名義を放置した不動産ではその方法はおそらく無理です。
まず古い相続なので、相続人確定のための戸籍を数十通または百通以上取り寄せることになります。
そして判明した相続人は数十人にもなる可能性があります。
中には連絡のつかない人がいたり、連絡がついても名義変更に積極的に協力するのは面倒だと思う人(そりゃそうです)もいます。
当然ですが、遺産分割協議は相続人のうち一人でも欠けていると何の効力も生じません。
「自分が事実上の所有者だから」と言っても、簡単なことではないのです。
古い相続は時効取得を検討
取得時効という制度があります(民法第162条)。
「所有の意思ある占有」を長く続けることで所有権を取得できるものです。
以下は、この制度を古い古い相続の解決手段として使う方法です。
詳しい説明は省きますが、相続によってこの「所有の意思ある占有」を開始することは通常できません。
しかし例外として次の要件を満たせば共同相続人の一人からでも時効取得は可能とされています(最判昭和47年9月8日)。
共同相続人の一人が取得時効の成立を主張する場合、
①その一人が単独で相続したものと信じて疑わず、
②相続開始とともに不動産を現実に占有し、
③管理使用収益を独占し、
④公租公課を自己の名で負担したが、
⑤他の共同相続人がそのことについて異議を述べていない場合。
この要件のうち②から⑤までは、相続人の間で現実に揉めている状況でない限りすでに整っている場合が多いでしょう。
問題は①ですが、裁判例の事件では「家督相続ではなかったのに家督相続があったと誤信した」という旧民法下特有の事例です。
家督相続とは戸主の死亡により生ずる相続ですが、上の事件で死亡した名義人は戸主以外の親族だったようです。
法の不知であっても、何らか誤信しても仕方がないような事情があればよさそうです。
この判例の存在により、遺産分割協議が事実上不可能となっている不動産の名義変更も、訴訟によれば解決できる可能性があります(むしろ訴訟によらなければ無理な状況になっていると言うべきか)。
なお誤信したことが要件となっていますので20年の占有が必要となります。
類似の判例
同じく共同相続人の一人による時効取得が認められた裁判例ですが、こちらは養子である他の共同相続人が事実上の離縁(勘当)となったことで、法的にも離縁があったものと思い込み、相続人を自分一人だけであると誤信した事例があります(東京高判昭和52年2月24日)。
もう一つ、共同相続人の一人による時効取得が認められたものとして、名義人の養子となった者が養子縁組の前後でいずれも自分の他に子がいると聞かされず、唯一の相続人であると思い込んでいたというものがあります(東京地判昭和58年9月27日)。
今後
土地に限定した話ですが、今年6月に成立した『所有者不明土地の利用の円滑化に関する特別措置法』の附帯決議には「相続により土地の所有権を取得した者が当該土地の相続登記を行おうとする場合において、所有者不明土地の相続人の負担軽減をはかること」という一文があります。
また『登記制度・土地所有権の在り方に関する研究会』では、登記手続に負担感がある相続による登記手続及び時効取得を原因とする登記手続の簡略化を検討しているようです。
上記事例のような複雑な相続案件でも、いずれは訴訟を要せず相続登記手続を行えるようになるかもしれません。